速報!八幡で中世の古文書発見!(令和8年3月)
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- ID:10865
河原崎家歴史資料のご紹介11
応永14年(1407)の土地売券
八幡市文化財課では、市内の社寺や旧家など地域に伝わる古文書の調査を実施しています。このたび、令和5年度に市教育委員会に寄贈され、現在調査・整理をすすめている「河原崎家歴史資料」の中から、室町時代中期、応永14年(1407)の年紀を持つ古文書を含む中世の古文書が100通以上見つかりました。地域に伝わる古文書は多くの場合、江戸時代以降のものがほとんどであり、中世の古文書がまとまって見つかることは非常に珍しいことです。
新たに中世文書が見つかった「河原崎家歴史資料」は、江戸時代の八幡において、代々石清水八幡宮の警固社士や神職などの神人役を勤めた河原崎家(宇治大路家)に伝わった資料群です。同家の中世文書としてはこれまで、〔三淵藤英書状〕などが確認されていました。
嘉吉3年(1443)の売券(左)に長禄2年(1458)の売券(右端)が貼り継がれた手継ぎ証文
見つかった古文書の多くは、八幡や周辺地域の土地の売買に関するものです。これらの文書は、売券(うりけん・ばいけん)・証文などといい、土地の売買などによる所有権の移動に際し、土地の売り主から買い主に対して出される文書です。多くの場合、その土地をいかなる理由で、誰が誰に、いつ、いくらで売却したのか、などの情報が記されます。「一所懸命」という言葉が示す通り、当時の人々にとって土地は最大の財産であり、その土地の売買や所有を証明するための文書は非常に大切にされました。
複数の売券が貼り継がれた形式のものも見られます。これは、ある土地の所有権が移動するたびに売券が年代順に貼り継がれ、新たな所有者に引き継がれたもので「手継ぎ証文」といいます。
これらの文書を読み解くことで、正法寺や石清水八幡宮山上坊などの八幡における寺領売買の経過や、河原崎家の先祖による土地集積の一端が明らかとなります。また、今はなくなってしまっている八幡の古い寺社名・地名・字名などが見つかることも期待できます。
八幡に関する土地売券のほかに、かつて摂津国(現・大阪府北中部)にあった三宝寺という寺院に関する土地売券や、三好長慶や細川氏綱ら戦国期畿内有力者の被官と思われる人物から、今里地域(現・長岡京市)の土豪・能勢家に宛てられた書状も数点確認できました。江戸時代、河原崎家は能勢家から養子を迎えていたことが分かっています。
市ホームページ「河原崎家歴史資料のご紹介3」へのリンクはこちら
八幡市域における中世文書は、石清水八幡宮文書を除けば、正法寺や本妙寺などに伝来していますが、100通を超える中世文書が1つの家に伝来した事例を確認したのは、八幡市としては初めてのことです。文化財課では引き続き調査をすすめ、市ホームページにて情報を発信していきます。(更新不定期)
八幡に関わる歴史資料を探しています
文化財課では、八幡に関する歴史資料の調査を進めています。もし、ご自宅や地域の公会堂・公民館に、古文書や昔の書類、絵図や古い写真などがございましたら、ぜひ文化財課までご連絡ください。
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八幡市役所こども未来部文化財課
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